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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)69号 判決 1991年1月30日

控訴人

山口光明

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

望月浩一郎

被控訴人

飯田橋労働基準監督署長承継人中央労働基準監督署長

西村真

右指定代理人

村上昇康

外四名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人に対し、昭和五二年一二月二七日付けでした労働者災害補償保険法による障害補償給付に関する処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

主文同旨

(被控訴人)

控訴棄却

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決四枚目表二行目の「(2)」の次に「「」を加える。)。

(控訴人)

1  労働基準法施行規則の一部を改正する省令(平成元年労働省令第八号、同年三月一日施行)により労働基準監督署の位置、名称及び管轄区域が改正され、飯田橋労働基準監督署長(承継前の被控訴人)が行った本件処分は中央労働基準監督署長(承継後の被控訴人)が行ったものとみなすこととされた。

2  控訴人の四肢脱力歩行障害は、単なる自訴ではなく、客観的事実であり、他覚的所見である。そしてこれは本件事故による外傷性頭頚部症候群を原因として生じたものであり、本件事故とは無関係の高血圧症、糖尿病、神経症を原因とするものではない。

(被控訴人)

1 控訴人の主張1の事実(当事者の承継)は認める。

2 控訴人主張の四肢脱力歩行障害は、主訴ないし自訴による主観的症状であって、明確な他覚的所見ではない。右の症状が本件事故における頚部外傷に基づく脊髄の損傷によるものであるか否かは、錐体路症状の存否を検討することにより判定できるが、検査の結果、控訴人には錐体路症状がみられないことが確認されている。

三 証拠〈略〉

理由

一労働基準法施行規則の一部を改正する規則(平成元年労働省令第八号、同年三月三一日施行)により労働基準監督署の位置、名称及び管轄区域が改正され、飯田橋労働基準監督署が廃止されて、同署の管轄区域のうち文京区は中央労働基準監督署の管轄に属することに改められ、また、同令付則第二項により、従前の労働基準監督署長が行った処分は、改正後の規定により当該事務を取り扱うこととされた労働基準監督署長が行ったものとみなされることとなった。よって、飯田橋労働基準監督署長が行った本件処分(文京区内での事業に関して発生した労災事故にかかる処分)は、中央労働基準監督署長が行ったものとみなされ、同署長が法律上当然に被控訴人として本件訴訟を承継すべきこととなったものである(なお、本件では、さきに法務大臣によって訴訟代理人が指定されているので、訴訟手続の中断は生じないものと解する。)。

二原判決摘示の請求原因1(本件事故の発生、診断)、2(本件処分)及び3(不服審査)の各事実は、当事者間に争いがない。

さらに、昭和五二年九月六日、症状固定により治癒したとされた時点で控訴人に残存した障害は、規則別表にあてはめたとき、(1)「両耳の聴力が一メートル以上の距離では小声を解することができなくなったもの」(障害等級第一一級の三の三)に該当する難聴と、(2)「神経系統の機能又は精神の障害」であることも、争いがない。

双方の争いは、右(2)の障害について、控訴人は「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」(障害等級第七級の三)に該当すると主張するのに対し、被控訴人は「精神系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの」(障害等級第九級の七の二)に該当すると主張する点にある。

三控訴人は、四肢脱力歩行障害があると主張するので、判断する。

1  〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  控訴人は、昭和四八年九月二九日、住宅建築工事現場において作業中負傷し、直ちに東弘会山川病院(以下「山川病院」という。)に運ばれ、「頭部外傷Ⅱ型(側頭後頭部頭蓋骨骨折)、外傷性頚部症候群」の診断を受けて入院加療した。同年一一月三〇日退院し、その後は通院して理学療法を受けていたが、頭痛、めまい、頚部痛、肩こり、上肢感覚異常、握力低下等の訴えが止まないので、山川病院の紹介により、昭和五〇年四月二二日から日本大学医学部附属板橋病院精神神経科(以下「板橋病院」という。)に通院しはじめた。

(2)  同病院の診療録(〈書証番号略〉)によれば、控訴人は同年五月二二日、永井久之医師に対して「歩いていると右によろける。」と訴え、以後症状固定と診断された昭和五二年九月六日まで、「右側にころんで手にけがをした。」「足がしびれて階段が上れなくなる。」「うまく歩けない。左足がきかない」などとくりかえし訴えた。永井医師は、控訴人に両脚の回旋や振子運動をさせているときの同人のしぐさや、控訴人が「ゴリラみたいな前屈姿勢でヨタヨタ歩いている」のを見て、たびたび「theatral(演劇のよう)」であると感じ、しかしまた、控訴人が、足が痛くて歩かないから膝が弱くなったと述懐するのを聞いて、「theatralとばかりも云えぬ。」と思ったりしながら観察を続けていた(この間大脳性失調症を疑い、抗てんかん剤を投与したこともあるが、脳波検査の結果、てんかんの可能性は否定された。)が、昭和五二年九月六日付けの診断書(同時点で症状が固定したとするもの。〈書証番号略〉)においては、主観的訴えとして「頭痛(しめつけられる。針でさされるよう)、四肢脱力歩行障害(よろけて倒れる。数百米歩くと疲れて歩けなくなる・・など)、性格変化、心気傾向、」を、他覚的所見として「CT、脳波、(下肢)腱反射異常など」を挙げている。

(3)  東京厚生年金病院脳神経外科医師吉益倫夫は、昭和五三年八月一八日提出の東京労働者災害補償保険審査官宛の意見書(〈書証番号略〉)において、主訴及び自覚症として「シビレ感(右肩、上肢、及右下肢)、歩行により右下腿脱力、転び易い」等を挙げ、また、各種検査の結果を記載しているが、右自覚症がこれら検査結果によって客観的に裏付けられるものかどうかには触れていない。

(4)  東京都心身障害者福祉センター整形外科医師南光彦が昭和五三年一二月八日付けで作成した身体障害者診断書(〈書証番号略〉)によれば、現症として、「右上肢腱反射亢進、(中略)左下肢軽度腱反射亢進、運動性、支持性軽度低下。中等度の疼(「痙」の誤記と考えられる。)性歩行で階段は要手すり、歩行一Km以下、常にステッキ使用」と記載され、所見として、右上肢及び左下肢の障害部位と握力検査の結果とが記入されている。

(5) また、埼玉協同病院脳卒中脳神経研究所(当時)医師井上久司は、昭和五八年四月一四日及び同月二一日の両日にわたり控訴人を診察した上で作成した鑑定書(〈書証番号略〉)において、現在の症状として「歩行障害。左下肢をひきずる。つまずき易い。一〇分間一Km以下位しか続けて歩けない。休み休みなら二〜三時間歩ける。何時も杖をついている。階段の下りはうまくいかず、手すりをつかまっている。坐位は可。」等を挙げ、神経学的所見として「①Barre's sign(上肢不全麻痺徴候)。両上肢ともわずか下る。②腱反射。右上肢及び左下肢わずか亢進し、他は正常であり、減退はない。③病的反射は認められない。」等としている。

同医師は、当審において右診察当時の状況につき証言したが、それによると、同医師は、控訴人が「割と長い廊下」及び「割と広い診察室」を歩いて来る様子から、杖を突きながら、左下肢をひきずり、軽いびっこを引いて歩いている状況、座りにくい、立ち上がりにくい状況を現認し、このことから推して、階段の下りがうまくいかないことも本当であろうと判断したということである。

(6)  以上に対し、関東労災病院副院長及び第一脳神経外科部長(当時)医師大野恒男は、昭和五二年一二月二一日付けの労働基準監督署長宛意見書(〈書証番号略〉)において、主訴及び自覚症状として「運動不自由(右上下肢、左上下肢)」を挙げ、他覚的所見及び検査成績として「C4以下・・上肢の知覚鈍麻、両下肢は外側にのみ知覚鈍麻あり。錐体路症状マイナス」と記し、腱反射は左右差なく、上肢はやや高く下肢はやや低いが、異常とは言えない旨を図示している。そして、同医師の原審における証言によれば、このように錐体路症状がみられないことからして脊髄の損傷は考えられず、したがって、難聴以外の控訴人の症状は、障害等級第九級の七の二に相当する頭部外傷あるいは頭頚部外傷症候群であると判定されたというのである。この見方によれば、控訴人の歩行障害は、単なる主観的訴えであって、客観的裏付けのある他覚的所見ではないということになる。

2  以上のとおり、板橋病院の永井医師は昭和五二年九月六日の時点で下肢の腱反射異常を認め、南医師は同五三年一二月八日の時点で腱反射異常(右上肢につき亢進、左下肢につき軽度亢進)及び痙性歩行と診断し、井上医師は同五八年四月の時点で腱反射異常(右上肢、左下肢においてわずかに亢進し、他は正常)を認めており、大野医師も、昭和五二年一二月二一日の時点で、両上肢について腱反射の軽度の亢進を認めており、これらはいずれも他覚的所見ということができる。

3  ところで、錐体路とは、大脳皮質から中脳、橋核、延髄を通り、延髄の下で交差して脊髄に入り、脊髄の下端(腰髄)に至る神経線維の回路をいい、大脳皮質に発する運動の意志を速やかに全身の筋肉に伝達する機能を営むものである。そして、錐体路の機能欠損を伴う障害による欠落症状を錐体路症状といい、運動麻痺が起こり、痙性現象やバビンスキー反射等の病的反射を伴うことがあるが、この現象からは長い錐体路のどこに障害があるのかは知りえないことが多いとされている(〈書証番号略〉)。通常頚部損傷の場合の錐体路症状は腱反射の亢進を伴うものであり(〈証拠略〉。被控訴人も、腱反射の亢進が錐体路の異常を推測する重要な徴候であることを認めている。)、控訴人の場合、前記の永井、南、井上各医師が、程度の差はあれいずれも下肢の腱反射亢進を認めていることからすると、控訴人には、上肢のみでなく下肢についても錐体路症状が存在したものと認めるのが相当である。

4  さらに、〈証拠略〉によれば、控訴人は昭和五三年二月一三日、肋骨骨折により、同年六月二四日には右第一一肋骨骨折により、さらに同五八年五月二六日には左第八、九肋骨骨折により、医師の治療を受けており、控訴人の供述によれば、これはうまく歩けないために歩行中転倒し、その上転倒の際上半身を手で支えることができないために肋骨が折れたものと認められるところ、これは、控訴人の歩行障害が他覚的なものであることの徴候として、看過できないところであると考えられる。

5 以上の事実を総合すると、控訴人の四肢脱力歩行障害は他覚的所見に裏付けられた客観的事実であり、かつ、治癒時である昭和五二年九月六日の時点で存在し、以後継続しているものと認めることができる。

四控訴人は、その四肢脱力歩行障害が本件事故に起因すると主張するので、判断する。

1  控訴人の四肢脱力歩行障害の原因について、井上医師は、本件事故における頭部外傷後遺症及び頚部損傷後遺症によるものであると診断する(〈書証番号略〉)。

(1)  井上医師は鑑定書(〈書証番号略〉)を作成した昭和五八年六月一三日当時においては、本件事故における頭部外傷後遺症とは考えられず、むしろ頚部損傷後遺症によるものであると診断していたが、その後山川病院及び板橋病院の診療録を検討した結果、頭部外傷後遺症も否定できないとするに至ったという。その根拠は、板橋病院の診療録(〈書証番号略〉)によれば、脳波の異常から右半球の機能低下が疑われ、また、CTスキャン検査の結果、左側中央寄りにやや密度の高い病変部分があることから脳実質の障害が疑われたことによるものである(〈証拠略〉)。しかしながら、大野医師が昭和五二年一二月に、東京厚生年金病院が同五三年六月に、また井上医師自身が昭和五八年四月に行った各CTスキャンの結果では、そのような異常は発見されておらず(〈証拠略〉)、この間に治癒した可能性もあり、脳実質の損傷があったとは必ずしも認めることができないと思われる(井上医師も脳障害の疑いが強い旨証言するにとどまる。)。

(2)  頚部損傷により生ずる症状として、井上医師は、錐体路症状、神経根症状、脊髄の圧迫、椎骨動脈循環不全、交感神経症状等を挙げている(〈証拠略〉)。控訴人の訴えの内容は、歩行障害のほかに頭痛、めまい、頚部痛、肩こり、しびれ等多彩であるが、井上医師のいう症状のうち歩行障害と直接関係すると思われるのは錐体路症状である(神経根症状その他は、頭頚痛、めまい、肩こり、しびれ等の原因とみることができるが、それだけで歩行障害をきたすとまでは考えられない。)。

そして、錐体路症状がみられる場合、大脳皮質に発して腰髄に至る長い神経回路のどの部分に障害があるのかは知りえないことが多く(前示三3)、本件においても控訴人の錐体路の障害部位を特定できる証拠はないので、控訴人の四肢脱力歩行障害は頭部又は頚部の損傷によって生じうるものと考えられるところ、前示((1))のとおり、脳実質に損傷が生じたものと断定できないので、その原因は頚部損傷に求めるほかはない。

そうすると、控訴人の四肢脱力歩行障害は頚部損傷に起因するとする井上医師の右診断は、十分な合理性を有するものとして、これを肯認することができる。

(3)  被控訴人は、下肢の腱反射に軽度の亢進がみられたとしても、それによって中等度の痙性歩行が起きることは考えられないと主張し、大野証人の証言中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、〈証拠略〉に照らすと、そのようなことが臨床上ありえないと断定することはできないと考えられるので、右主張は採用できない。

2  これに対して、大野医師は、被控訴人の右症状は下肢の末梢神経障害によるもので、その原因としては当時控訴人が罹患していた糖尿病及び高血圧症が考えられると診断する(〈証拠略〉)。

同医師がそのように診断したのは、同医師が行った検査によると両下肢の腱反射は低下していたことから脊髄神経障害とは考えられず、むしろ末梢神経炎あるいは末梢神経障害とみるべきであり、その原因は本件事故における外傷後遺症以外に求めるべきであるとの考え方によるものである(〈証拠略〉)。しかし、両下肢の腱反射は亢進していたとみられることは、前示のとおりである。

山川病院及び板橋病院の診療録(〈証拠略〉)によると、控訴人の血圧(とくに最高血圧)が高く、食事療法をしたり、降圧剤の投与を受けたりしていたことが認められるので、本件事故当時高血圧症に罹っていたことは疑いの余地がない。しかし、本件事故以前に控訴人が高血圧症により何らかの障害が現れたことがある事実を示す証拠はなく、また、控訴人の歩行障害が直接間接に高血圧症によって生じたものであることを示す資料はない(井上証人は、高血圧症がそれだけで歩行障害の原因となることはないとしている。)。

次に、〈証拠略〉によると、本件事故当時、控訴人は糖尿病に罹っていたこと、一般に糖尿病の主な合併症として網膜症、ニューロパシー及び腎障害があるとされているところ、控訴人が板橋病院に通院中、視覚異常を訴え、板橋病院眼科で黄斑部変性症の診断を受けたこと、昭和五三年六月ころ東京厚生年金病院で尿検査の結果、尿糖が検出されたこと、昭和五七年一一月三〇日から約二か月間糖尿病により都立豊島病院に入院加療したこと(甲第一八号証の入院日の記載に「12月30日」とあるのは「11月30日」の誤記と認める。)が認められ、これらの事実からすると、控訴人の歩行障害と糖尿病との間に何らかの関係があるのではないかと疑われる。

しかしながら、控訴人が板橋病院に通院中、糖尿病の診断を受け、又は糖尿病の治療を受けたことを示す記録はなく、糖尿病であれば末梢神経症状としての腱反射の減退がみられるはずである(〈証拠略〉)のに、控訴人の場合は前示のように逆にその亢進がみられたこと、都立豊島病院では入院当初の空腹時の血糖値が約二〇〇であったのが、約二週間で平常値の約一〇五に下がっていることからすると、事故当時の控訴人の糖尿病はとくに治療の必要が認められない程度の軽いものであったと認めるのが相当であり、その程度のものである限り、四肢脱力歩行障害が糖尿病に起因する末梢神経障害である可能性は非常に少ないものとみてよい。

3  被控訴人は、四肢脱力歩行障害の原因の一つとして神経症をも挙げている。しかし、控訴人については、板橋病院の診療録(〈書証番号略〉)中昭和五〇年六月二一日の欄に「ショック症状消失後も多彩な心気的訴え止まず、神経症化している。」との記載が見受けられるにとどまり、神経症と明確に診断されたわけではないし、また神経症が歩行障害の原因となることを示す資料もない。

4  以上により、高血圧症、糖尿病等のいずれも、控訴人の四肢脱力歩行障害の原因として考えることはできず、右症状は本件事故における頚部脊髄損傷の後遺症として生じた症状の一つであると認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

五そこで、控訴人に残存する四肢脱力歩行障害の程度について判断する。

前掲各証拠を総合すると、控訴人の治癒後の労働能力は、単に高所作業や自動車運転などができないために就労可能な職種が制限されるに止まらず、独力では一般労務を持続的に遂行すること(作業への往復を含む。)ができず、そのため一般平均人の二分の一程度に労働能力が低下しているものと認められる。そうすると、控訴人の後遺障害は、「一般的労働能力は残存しているが、神経系統の機能の障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」(第九級の七の二)ではなく、「中等度の神経系統の機能の障害のために、精神身体的な労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもの」(第七級の三)に該当すると認められる(〈証拠略〉参照)。

控訴人の聴力障害が障害等級第一一級の三の三に相当することについては当事者間に争いがないから、労働基準法施行規則四〇条三項の規定する併合繰り上げにより、第六級と認定すべきこととなる。

そうすると、本件事故により控訴人に残存した後遺障害は障害等級第七級の三に該当するとし、併合繰り上げにより第八級と認定した原決定は相当でなく、取消しを免れない。

六以上のとおりであって、原決定の取消しを求める控訴人の本訴請求は正当であり、これと異なる原判決は相当でないから、原判決並びに原決定を取り消し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官伊東すみ子 裁判官大藤敏)

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